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老犬

 


幼稚園の頃、叔母の家に大きな黒い老犬がいました。
名前は、”とん”といいます。シェパードとの雑種で非常に頭が良く子供達には優しいおとなしい老犬でした。

ある日、母親と夕方、叔母の家に行きました。辺りは薄暗く何もかもが薄ぼんやりと見えています。いつもの様に玄関からは入らず左側の庭から入り”とん”のいる場所に向かいます。叔母は、何か言っていますが何を言っているのか分かりません。

「とん!」

名前を呼んでもいつもの様に犬小屋から出てきません。近くまで行きますが犬小屋の中には居ず、鎖をはずして脱走したのかと思いました。

「○○!」

母親が呼んでいます。

「はーい」

戻ろうとしたとき、隣の家の垣根のところに黒い陰が見えます。

「あ!いた。とん こっちにおいで。」

呼んでもこちらに来ません。

「おいで、おいで。」

と呼びながら近づこうとした時、垣根の間から隣の家に逃げてしまいました。大変だ、逃げちゃったと思い母親のところに戻り今の話をしました。

「変なことを言わないの」

母親と叔母は怪訝な顔をしています。

「とん が隣の家に居ちゃったよ。連れにいかなくていいの」

私は、しきりに訴えますが相手にしてくれません。すると叔母が、

「どこか教えて」

先ほどの垣根に母親と叔母をつれて行きます。

「ここから向こうに行ちゃったんだよ」

叔母が懐中電灯でその辺りを照らします。でも、大きな犬が通り抜けられる穴や隙間はどこにもありませんでした。

「お家に入ろう」

不思議な思いを胸に秘め家に入りました。

「とん 居なくなっちゃったね」
「そうね」

母親と叔母は余りその内容にふれません。その後、とん の姿は叔母の家から消えてしまいました。

その後、小学生になって何年かたち当時のことを叔母に話しました。すると

「あの時、とん を見たと行ったけど、その前の日に死んでいたんだよ」
「でも、確かにいたよ」
「でもね、もういなかったの。あなたが怖がると思って何も言わなかったんだけど。でも..、その後、おばさんも見たよ。洗濯物を取り込んで居たとき隣の家の垣根のまえに黒い影をみたのよ。名前を呼んだけどやはり垣根の向こう側へ行ってしまった。」

老衰で死んだ犬ですが何か未練が有ったのでしょうか。みんなにかわいがられ大往生したと思います。別れの挨拶に来たのでしょうか。